野村作十郎

野村作十郎

郷土が誇る宮大工

江戸時代に東濃の下街道・池田宿(現在の多治見市池田町)の材木屋に生まれた野村作十郎(文化2年-明治4年・1815-1871)。堂宮大工として、東濃を初め各地の寺院仏閣建築や彫刻を手掛け、その腕が見込まれ安政3年には京都御所門、二条城唐門(現在の国宝)の再建を任されます。この業績が認められ、また、優れた技量や人格をもって、京都御所 岩倉殿役所より「従五位装束(許状)」を拝領します。以降、従五位上“野村杢頭國みつ(のむらもくのかみくにみつ)”として多数の神社仏閣を手掛けますが、無欲だった芸術家 作十郎は決しておごらず、弟子と共に永泉寺本堂を修復再建させた翌年、57歳でその生涯を閉じるまで木と向き合い続けました。

野村作十郎が手掛けた主な建築

【市内】

・虎渓山永保寺 観音堂・開山堂(共に国宝)の再建
        六角堂の再建・無際橋の改築(虎渓山町1-42)
・普賢寺 (大原町9‐32)
・多度神社(平和町1)
・廿原神明神社(廿原町中之洞228-1)

【市外】

・内津妙見寺(春日井市)
・愚渓寺(可児郡御嵩町)
・妻木八剣神社(土岐市)
・鵜沼観音堂(各務原市)

野村作十郎

ボランティアガイド

いつもの景色の中に、歴史の面影がひっそりと残っています。江戸時代に多治見に住んでいた人は、どんな町並の中、何を着て、食べて、仕事をして生活をしていたのか・・・。はるか昔に思いをめぐらせてみるのも楽しいものですね。