西浦庭園は、明治13年に明治天皇が伊勢への巡幸の道中にお泊りになった行在所跡です。西浦家は幕末から、江戸と大阪に店をもち、手広く美濃焼の販売を行った豪商です。5代円冶の頃に最盛期を迎えますが、明治44年に工場閉鎖し、今では幻の西浦焼といわれています。
天皇の巡幸を期に、下街道が整備され、川に橋が架けられ、多治見が発展するきっかけとなりました。現在、保存会により庭園は美しく整備されています。

正門

現在は正門と庭園が残ります。当時の建物は大正4年に京都 嵯峨野の宝筐院(ほうきょういん)に移築され、書院として現在も残されています。

 
庭園

離れ座敷に泊まられた天皇のために、岐阜提灯と優れた陶磁器を飾りつけ、庭にホタルを放って厚くもてなしたといわれています。

 
  • 住所 多治見市御幸町3-11
  • URL http://nishiura.j47.jp/
  • ガイド方法
    西浦庭園で待ち合せ後、
    徒歩でご案内いたします。
    (待ち合せも場所の変更も可能です)
  • 標準ガイド時間 30分

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石心参禅蔵(せきしんさんぜんぐら)

西浦家の古い土蔵を改築した資料館。西浦焼の江戸支配人だった熊谷東州が石門心学に造詣が深かったことから名づけられた。国内外で高く評価された手描きの染付け、色鮮やかな黄磁の器が展示されています。
※石心参禅蔵は月・水・金曜日休館 見学料300円 開館時間 午前10時〜午後4時

 
西浦邸の蔵

大きな蔵がそびえる姿は、かっての隆盛を静かに物語っています。

 
 

明治天皇の行幸時に、大井宿(恵那市)から尾張(名古屋)へ進まれる途中の宿泊地としてこの地が選ばれました。明治13年6月29日の夜は地域住民が2,000匹余のホタルを放しておもてなしをしました。
多治見市民のおもてなしの心の原点ともいうべき場所です。


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