多治見国長(1289-1324)は、美濃国(岐阜県南部)の守護・土岐頼貞(ときよりさだ)の同族で、この地を治めていた武将です。
後醍醐天皇の鎌倉幕府討伐計画に参加しますが、一族の妻の密告により計画が発覚します。滞在中の京都の宿所は六波羅探題の軍勢三千余騎により包囲され、国長公らはわずか20人で勇敢に戦った末に非業な最期をとげました(1324年正中元年)。これを「正中の変」といい、「太平記」などにも記されています。

多治見国長公遺

現在も「ぎんざ商店街」の一角に残る「多治見国長公遺址」。かつては屋敷がここから西南に縦横100m程あったといわれています。明治13年、明治天皇巡幸の際に、遺跡として保存するために小さなほこらを建てて霊を祀りました。

 
多治見国長像

1289-1324(正応2年-正中元年)
毎年11月3日に開催される「多治見まつり」では、国長役が武者行列の主役となり、市内を華やかに歩きます。

 
  • 住所 多治見市新町
  • ガイド方法
    たじみ創造館前で待ち合せ後、徒歩でご案内いたします。移動時間は片道10分程度です。
  • 標準ガイド時間 移動時間を含めて30分

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