一般社団法人多治見市観光協会

下街道 多治見市篇

下街道とは・・・

名古屋市中区2丁目にあった「伝馬会所札の辻」を起点として、名古屋市を北東へ大曽根から、恵那市の「中山道」槇ヶ根に至る14里半(約58km)の街道である。

江戸時代に中山道と名古屋城下を結んだ脇住還で、善光寺道、釜戸道、名古屋道、伊勢道とも呼ばれ、庶民の街道であった。

古くは日本武尊が東征の帰路に、また1313年多治見を訪ねた夢窓国師が、古刹永保寺を開創した時、そして織田信長が武田との戦い(天正3年・1575年)でこの道を通った。

明治13年には明治天皇も便利なこの道を巡幸したように、歴史ロマンに満ちた街道である。

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  1. パンフレット表紙
  2. パンフレット中面

注目ポイント

  1. 内津峠の道標

    高さ45cm、幅50cmの丸みをおびた自然石で「右 廿原道/左 江戸善光寺道」の表示。

  2. 内津の馬頭観音

    高さ147cm、幅76cmの観音は馬と旅の安全を祈るため祀られた。馬車荷車を扱う愛岐軍により明治27年建立。

  3. 津島神社・牛頭天王

    牛頭天王(天皇)を祭神としたインドの祇園精舎(釈迦が説法を行った寺院)の守護神で、疫病を防ぎ人々を救う神。

    西の八坂神舎、東の津島神社に並び称される。

  4. 石堂山永泉寺

    曹洞宗の寺院、聖観音菩薩立像は国重要文化財である。

    境内の銀杏は1625年開山・運山和尚のお手植えと伝えられ、市の天然記念物に指定。

  5. 池田町屋の常夜橙

    文政9年(1826年)に建立。

    高さ4.7mで4段の台石が重量感を与える。下街道で一番の大きさ。

  6. 三叉路の道標(高札場跡)

    明治12年・1879年に建立。

    「右 東京せんこうじ道/左 き婦たにくみ道・左 なこやいせ道」の道標。

    隣接して大正11年建立の池田村道路元標がある。

  7. 堤防道(江戸時代までの道)

    名古屋方面から池田町屋を通過し、長瀬村を通り多治見橋を渡る下街道は、土岐川右岸堤防を通っていた。堤防は低く貧弱で少しの出水で冠水し流された。明治20年にながせ通りに付け替えた。

  8. 清水の地蔵

    安永3年・1775年の石碑。

    昔はきれいな水が自噴し5坪ほどの池があり、飲んだり生活利用していた。土岐川右岸の下街道が冠水した時、常夜燈前の道を通った。

  9. 大日如来像

    祠に収められた「大日如来像」は、奈良唐招提寺より多治見の住人が授かったとも伝えられる。この如来の印相は、強い意志の「智拳印」を組む。珍しいのは右手(仏)と左手(人)が逆になっている。

  10. 虎渓道標

    下街道から虎渓山永保寺への入口。

    下街道が明治20年に土岐川堤からながせ通りに付け替えられた。大正8年廿原村の山田駒吉が建立した。

  11. 屋根神様

    ながせ通りの東端にある、山周商店に屋根神様がある。この社にはこの地方の風習で秋葉権現と津島様が祀られている。年に一度のおまつりがある。

  12. 多治見橋

    下街道が通るこの橋は、明治初期まで冬は木橋、夏は渡し舟、明治13年明治天皇行幸の時、木造橋が架橋されたが、翌年洪水で流された。明治19年地元の豪商4代目西浦圓治が私財で架橋。昭和12年コンクリート橋となる。

  13. 多治見国長邸跡

    美濃守護・土岐頼定の同族、後醍醐天皇による鎌倉幕府倒幕計画に参加するが、一族の妻の密告で非業な死をとげる。正中の変・1324年9月

  14. 西浦庭園 行在所跡

    江戸末期から明治にかけて西浦焼で名を成し、町の発展に貢献した西浦圓治。

    明治13年6月29日明治天皇巡幸の時に離れに宿泊され、その建物は京都の宝篋院に移築。

  15. 陶都創造館

    陶磁器をはじめとする地場産業・市民活動の活性化のための複合商業施設で多治見市PRセンター、伝統的な美濃焼、若手陶芸作家の手造り作品、和食器、洋食器等の店舗が並ぶ。

  16. 秋葉山常夜橙

    文化9年・1812年に建立、多治見の東入口を燈す明かり。

    津島神社と秋葉神社が併座、疫病と防火対策を祈願。

  17. 新明神社

    明応8年・1499年、新羅神社の境内社として祀られ、明治14年この地に遷座された。天照大神を祭祀している。

    日露戦争の忠魂塚が立っている処を神明社古墳跡・槇ヶ根古墳跡とも呼ぶ。

  18. 東町道標

    自然石の道標は、虎渓山道標として東町の生田峠にあった。国道19号線整備工事で多治見市役所前庭へ移設。道標には、「是よ里こけいみち」「虎渓山道」「池田へすぐぢあ里」と刻銘。

多治見観光ボランティアガイド
クマポンと歩く下街道
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